グループワークに介入はダメ!?(3)

授業研究】「グループワークをやらせるときは指導者(授業者)はフロアを動いてはいけない。教室の隅から眺めているだけにするべきだ。先生がウロウロすると生徒たちは先生が近づいてきたから手をあげて発言したりするからだ」という意見について考察しています。

 その背景等については2020/7/29の記事を参照してください。今日のテーマは以下で
(3)「放任」の結果、生徒の学びの質が低下するとたぶん注意する。
       それは(1)の指導スキルの問題点を更に拡大し悪循環を招きかねない。

 (2)で「放任」になると述べました。この状態がいつまでも続くことは考えられません。多くの場合は先生が耐えられなくなります。たぶん最初はお説教です。「お前たち、これでいいのか?」「みんなで協力しなくちゃダメだろ」などのお説教を授業の途中か終わりにすることになると思います。人によっては「なにやってんだ!いい加減にしろ!」と怒鳴ることになるかもしれません。

 すると生徒たちは「あーあー、やっぱり怒られちゃった」となります。この「やっぱり」はこれまでの先生たちと「同じ」という意味です。基本的に先生たちは「すぐに叱る・怒鳴る」と思っている生徒たちは多数です。新学期には二コニコしていても、いずれ怒鳴るに違いないと生徒たちは思っています。だから、「やっぱり‥」なのです。

 この「お説教や怒鳴る」が行われると次はどうなるか。生徒たちは先生の顔色を窺うようになります。「おいおい、遊んでいるとまた叱られるから課題やろうよ」「大きい声で笑うなよ。目つけられるだろ」‥という具合です。

 この関係が強化されていくと、先生がグループワークの最中にウロウロと動き回ると大変です。「おいおい、先生がこっちにむかってくるぜ。話し合っていないと叱られるぞ」となります。突然「A君、これどうやればいいか教えてよ」と先生に協力していることころを見せようとする生徒も現れます。

 こうなると「グループワークに介入してはダメ」は真理になります。先生が動き回れば生徒たちは評価されようとして話したり、叱られないように静かになったりします。それよりは「教室の隅で眺めている」方が良いかもしれません。

 或いは「叱ったり怒鳴ったり」する前から生徒たちは先生の顔色を窺っているかもしれません。それはその先生が廊下で誰かを叱っているのを見たからかもしれません。センパイから「あの先生は怒るとこわいよ」と聞いているのかもしれません。

 いずれにしても、黙ってみているだけの指導は長続きしません。どこかで叱ると益々生徒たちは先生の顔色を窺うようになります。悪循環が続くということです。その条件下でなら介入しないのは次善の策なのかもしれません。

 もし、それでもうまく行っているように見えるクラスは最初から生徒たちが先生を怖がっているのかもしれません。或いは、先生に褒められようとし続けて時々成功しているのかもしれません。いずれにしても「先生の顔色を窺う」か「ほめられ競争(アドラー)」が起きていると考えられます。これらは「主体的な学び」とは似て非なるものです。

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