「やらされている」というより「やっている」感覚に近かった。

【最後のリフレクションカード3】R君は興味深いことを書いてくれました。「最初は『本当に授業として成り立つのだろうか?』と疑問でした」。続けていくうちに、「この授業はいい意味で『好き勝手に勉強できる』とわかりました」となります。
 そして、少ない説明のあとのグループ活動では「自分たちなりに考えあって納得することは、『解説+自分たちの考え』で2倍以上の理解ができた」と言います。それはなぜかというと、冒頭に述べたように「この授業は『やらされている』というより『やっている』と感覚に近かったからだと思います」とつながってくるのです。
 不思議なことに私もそう感じることがしばしばでした。つまり「生徒達はよくやるなあ〜。どうしてこんなに、楽しそうに物理の勉強を65分間も続けられるのだろう?」と感じるのです。教師としての自分がそうなるように説明し、問題の選択などのしかけを作り、こまめに介入しているにも関わらず、です。私が生徒に「やらせている」と感じることはあまりなく、「生徒が主体的にやっている」と感じることが多いのです。