「各チームに声をかけていくのはなぜですか?」

【授業研究】研修会でいただいた質問への回答です。
〈質問〉「先生の本を読んで、先生とまったく同じようにやっていたつもりだったのですが、映像を見たら違っていました。「10分前ですが順調ですか?」などの質問はクラス全体に投げかけていると思っていました。しかし、小林先生は各チームに行って「10分前ですが大丈夫ですか。」と言っています。しかし、1つのチームに言ったら、他のチームには伝わりません。各チームに言った方がよいこと、全体に言った方がよいことについて、どんな考えをお持ちですか?
〈回答〉
これ、よくある誤解のようですね。高校教諭として教えている時期にも見学に来た先生たちが終わってからよくおっしゃっていました。「問題演習中に小林さんはずーっと歩き回っているのですね。予想外でした」「教室の片隅でじっとしているのだと思っていました」などでした。声掛けについても同様です。「全体に向かって声をかけることはほとんどないのですね‥びっくりしました。こんなに広い物理室なのに、全然大きい声を出さないんですね」。中には「元空手家だから、野太い声が響き渡るのだと思っていました」なんて人もいました(笑)。
 私がこのように歩き回り、小声で各チームに声をかけていた目的・理由などの概略は以下です。
(1)「話し合いなさい」と「説明を聞きなさい」という矛盾を起こさない。
(2)「気づきを促す質問」は小声の方が効果的。
(3)頻繁に近づくことで生徒の状況を把握できる。
(4)大きい声は生徒を怖がらせる可能性がある。
(5)常に各チームに近づくことで「軽いプレッシャー」を与えることができる。
(6)全体に指示をするときは「重要な変更」があるとき。
(7)必要な時に行う「危機介入」を際立たせる。
 以下、各項ごとに説明します。
(1)「話し合いなさい」と「説明を聞きなさい」という矛盾を起こさない。
 最近は研修会でしばしば言及している「生徒の学びを阻害する教師の活動」の代表的な活動の1つです。「みんなで話し合ってね」と指示した先生は生徒たちが話し合いを始めると「ヒマ?」になります。すると、教室内を歩き回りながら、全体に向かって話し始めます。「1番は〇〇の法則だから、どの公式を使うかを確認してね」「2番はひっかけ問題だからね〜。気を付けてね」‥という具合です。生徒たちは話し合いを中断して先生の話を聞いていたり、先生の話を無視してグループで話し合いを続けていたり、様々です。
 この先生の活動は「話し合いなさい」と「説明を聞きなさい」という矛盾したメッセージを投げかけていることになります。これを繰り返していくと生徒たちの集中力は低下します。先生が話し始めてそちらに集中すればチーム内の話し合いは質が低下します。先生の話を無視して話し合うようになった生徒は、講義の時間にも先生の話を聞かなくなります。
 「グループワークを取り入れたら生徒たちが講義を聞かなくなった」「グループワークを取り入れたら授業規律が乱れた」と嘆いている先生たちはここを見直してみてください。生徒たちの落ち着きの低下、授業規律低下の原因は先生たちの行動にあるかもしれません。私はこの矛盾を引き起こさないようにするために、全体に声をかけることはしないで、各チームに声をかけています。

(2)「気づきを促す質問」は小声の方が効果的。
 「え?でも小林さんは何度も生徒に声をかけているじゃない。上の矛盾は起きていないの?」という反論がありそうです。これは私が声をかけている「内容」の違いです。私は生徒の話し合いの構造を「内容(コンテンツ)」と「過程・学習態度(プロセス)」に分けてとらえています。「コンテンツ」とは物理の問題についてどんな展開をしているか、何がわかっているか、何に引っ掛かっているかなどです。「プロセス」は話し合いの方法、人間関係の変化、雰囲気の変化などです。1人が話しまくっている、固い関係でギスギスしている、温かい相互信頼ができている雰囲気‥などてす。
 私はこの「プロセス」を調整することを重視していました。「プロセスを調整すればコンテンツは良い方向に変化する」と理解しているからです。(この土台には様々な理論をミックスしています。いずれ解説します) それに基づき、具体的には、プロセスに関する質問だけを各チームに投げかけていました。「チームで協力できていますか?」「確認テストまであと10分ですが順調ですか?」などです。
いきなりこの質問を出すと生徒は戸惑います。これを出すために、物理授業の年間目的は「科学者になる」、各時間の目標は「科学的対話力の向上」と設定して、更に毎時間の「態度目標」として「しゃべる、質問する、説明する、動く(席を立って立ち歩く)、チームで協力する、チームに貢献する」を掲げていました。
 これがあるので、せっかくグループ席になっているのに話し合わない生徒たちのところに近づいて、「チームで協力できていますか?」と質問すると、生徒たちに「振り返りと気づき(コルブ)」が起きます。「あ、友だちに質問するのを忘れていた」と質問が始まり、となりの友だちの手が止まっているのに気づいて「教えてあげようか?」と活性化していくのです。
 この「質問で介入する」ことを思いついたころに私自身もどのタイミングで声をかけるかに迷いました。生徒たちが一生懸命に話し合っている時に私が声をかけたら話し合いに水を差すのではないかと不安になっていました。彼らの話し合いの区切りの良い時に質問しようとして、そばで待っていると何分もそのタイミングを見出すことができません。これでは全体を回ることができません。
そこである時、実験をしました。生徒が何を話し合っている時でも関係なく質問で介入していくことにしてみました。それで生徒たちのリフレクションカードの記載内容にどんなか変化が起きるかを見てみようとしました。(私は毎回リフレクションカードを書かせていましたから、こういう時に役立ちます)。
すると、ほとんど変化がないのです。1クラスに1人くらいが「『チームで協力できていますか?』と質問されてからみんなで意識して話し合いができました」と書く程度でした。次に休み時間や放課後に物理室に集まっている生徒に質問してみました。「最近、私が問題演習の時に声のかけ方を変えたのに気が付いた?」。大半の生徒が「ううん」「何かやりましたか?」でした。私はこれに自信を得ました。
 客観的には私の質問による介入で明らかにグループの話し合いは活性化しているのです。しかし、本人たちはほとんど気が付かない。これは良いと思いました。要するに、プロセスに介入してもコンテンツの方向性が突然変わるような大きな衝撃は起きていないということです。しかし、質問が増えたり、雰囲気がリラックスできたりすることで、コンテンツの質は向上します。何より大きな発見は、「私がいつ介入しても、それを邪魔だと感じている生徒は1人もいないということでした。グループワーク中に「コンテンツに関する説明」をすると(1)で述べたように矛盾したメッセージになるものの、「プロセスに関する質問」は話し合いに良い効果をもたらすということなのです。
 それ以来、私はチームに近づいたら、タイミングを見計らうことはせずに、いきなり「チームで協力できていますか?」などと質問してきました。これにより、すいすいと各チーム間を歩き回ることができるようになりました。1つのチームのそばに長く留まると彼らの依存性を高めることもわかってきたので、私は1つのチームのそばに滞留するのは30秒程度に留めようと意識していました。そうすると、仮にクラスに10チームあっても、ひと回りするのに5分です。20分間の演習時間があれば、各チームに4回は行けることになります。
私の場合は35分間の演習時間、各チームの人数数はもう少し大きく数チームでしたから、何度も何度も近づき介入することができていました。
 これらのことを踏まえていくと、「小声で質問」が良いのです。大きい声で質問すると「威圧的・高圧的」になり、コンテンツにも悪影響を与えかねません。逆に「小声で質問する」と彼らの「振り返りと気づき」を促進しやすいのです。威圧的にならないように私は顔の高さにも気を付けていました。なるべく腰を曲げて顔の高さを生徒たちの高さに近づけて声をかけるようにしていました。
【長くなるので(3)以降は明日にします 】