「やる気のない生徒を巻き込むにはどうしていますか?」

【授業研究】研修会でいただいた質問への回答です。
〈質問〉「勉強したくない、教科書も読みたくない、という生徒を巻き込むにはどういう手段がありますか?」
〈回答〉
そういう生徒は必ずいますよね。授業者にとっては頭の痛いところです。私も悩みました。若いころは叱りました。呼び出してお説教したこともありました。カウンセリングを学んでからは、時間をかけて面談をしていたこともありました。それぞれのやり方が効果を上げたこともありましたが、逆効果になったこともありました。それと何より問題なのは、気になる生徒一人ひとりに対応していると労力と時間がとてつもなく大きくなることです。それでくたびれてしまうと、授業準備の質の低下、授業中の集中力の低下、感情コントロール力の低下が起きやすくなります。すると、やる気のない生徒が増えて‥と悪循環になってしまいます。
 ところが、私が物理の授業を大幅に変えてみたら生徒たちにこれまでにはなかった変化が起きていることに気が付きました。その前に、まず、私が新しくやったことを簡単に列挙すると次のことになります。①年間目的は「科学者になる」。そのために毎時間の目標は「科学的対話力の向上」と設定した。②その実現のために態度目標「しゃべる、質問する、説明する、動く(席を立って立ち歩く)、チームで協力する、チームに貢献する」を設定した。③グループワーク中に私は各グループに近づき声をかけるが、内容(コンテンツ)に関して教えたり説明したりは原則的にしない。④各チームに働きかける内容は態度目標を基にした「質問による介入」。例えば「チームで協力できていますか?」「確認テストまであと10分ですが順調ですか?」。
 こうしても、物理に興味がない生徒はつまらなそうにしています。私の説明の時間はぼーっとして聞いてきます。でも、私は15分間の説明の中にも1~3回のグループで話し合いをさせるので、この生徒も友だちにちょっと巻き込まれます。問題演習が始まると大半の生徒たちはワイワイ、ガヤガヤやっています。やる気のない生徒はぼーっとしています。ただ、つまらなそうな顔している中身は、楽しそうにやっている友だちの輪に入れないのが嫌なのだと私は思っていました。
やがて誰かが「教えてあげようか?」と声をかけます。「いいよ、俺は、今日はわかんないから‥」と反応します。「あ、そう」と引き下がる友だちもいれば、「でも、1番は簡単だよ‥」「そんなこと言わないで、みんなで100点とろうよ」「俺もよくわかんないから、一緒にあいつの説明を聞きに行こうよ」‥と色々な言い方で違う友だちが働きかけます。
最初はぶすっとしていた生徒が、笑顔になり「いいよ、いいよ。俺のことは気にしないで」と答えます。「だってさあ、1番はこの公式に数字を入れるだけだよ。ほら、〇かける□だから、答えは△じゃん‥」などと目の前で模造紙に書きながら説明が始まると、「えー、いいよ~」と言いながらも、目は模造紙の上の数式を追っています。「ね、ね。簡単だと思わない?」「え、うん。それならできるかな?」「でしょ、でしょ。自分で書いてみたら?」「う、うん‥書いてみるかな‥」・・・
 こんな感じで、やる気のない生徒が「友だちに巻き込まれて」いきました。もちろん、上記のようなプロセスが毎回ではありません。ここまでのプロセスが数回の授業時間をかけて起きることもあります。でも、徐々に生徒は友だちに巻き込まれます。この光景を毎年見ていた私は楽しくて仕方がありませんでした。
 なぜ、こんなことが起きるのかの理論的な解説と私が気を付けていたことです。彼が巻き込まれていくのは「対等な関係にある友だちとの対話」が大きな理由だと思います。対等な関係にある友だちの言うことを受け入れるか拒否するかは彼の自由です。友だちが強制力をもっているわけではありませんし、評価するわけでもありません。ただ、友だちは「一緒に楽しみたい」のです。この友だちたちの、単純に「一緒に遊ぼうよ」に近い誘い方・巻き込み方が、私から見ていても実に率直なのです。「先生に叱られるよ」なんて言う生徒は全くいませんでした。なぜなら、私は全く叱ることなどないからです。
 この素直な友だちの誘いはそのうち頑なな生徒の気持ちを巻き込みます。「うーん、やってみっかなあ‥‥あ、こうなんだ。あれ、簡単かも‥」「だろ!これ簡単なんだよ。2番もさあ、ほとんど公式通りだぜ」「そう、でも自信ないなあ‥教えてくれよ‥」「いいよ、えーとね‥」・・・このプロセスが「対話的な学びが主体的な学びを促進する瞬間」だと思っていました。
 この過程で私が気を付けていたのは「私が介入しないこと」でした。私が入れば「対等ではない関係」になります。「先生に叱られないようにしよう」「先生に褒められよう」などが生じかねません。私はなるべく遠くからチラチラ見ていました。結果に対してほめることもしませんでした。なぜなら、そうやって協力した生徒たちは「一緒に頑張って100点とれてよかったね~」という達成感をすでに得ているからです。これを外野の私がほめる必要など全くないと思っていました。
 皮肉な言い方ですが、やる気のない生徒を巻き込めるのは「友だちだけ」だと思っています。授業者がやるべきことは、クラスの雰囲気をよくする、生徒同士の関係性をよくする、少し頑張ればみんなが解けるような問題を出し、解答解説をつけるなどの補助輪を確実に用意しておくこと、だと思っていました。お試しください。