「各チームに声をかけていくのはなぜですか?」2

【授業研究】研修会でいただいた質問への回答です。昨日の続きです
〈質問〉「先生の本を読んで、先生とまったく同じようにやっていたつもりだったのですが、映像を見たら違っていました。「10分前ですが順調ですか?」などの質問はクラス全体に投げかけていると思っていました。しかし、小林先生は各チームに行って「10分前ですが大丈夫ですか。」と言っています。しかし、1つのチームに言ったら、他のチームには伝わりません。各チームに言った方がよいこと、全体に言った方がよいことについて、どんな考えをお持ちですか?
〈回答〉
(3)頻繁に近づくことで生徒の状況を把握できる。
 私は35分間と長い時間を生徒に任せていました。その時間に各グループで何が起きているか、クラス全体はどうなのかを把握し、必要な時には介入しなくてはならないと思っていました。そのためには各チームの状況を把握しなくてはなりません。この視点に立つと1か所で教室中を眺めていると全員を把握できないことに気が付きました。伝統的な授業形式で全員が前を向いているなら教卓から全員の顔が見えます。しかし、グループにしておくと顔が見える生徒もいれば、背中しか見えない生徒もいます。誰かの陰になってほとんど見えない生徒もいます。こうなると顔が見えている生徒の印象は強く残り、顔が見えていない生徒の印象は薄くなります。
 そこで移動して各チームの状況を見て回ることにしました。これによって、各チームの状況がわかりますし、歩きながら全体も見渡しますから、教室全体を様々な視点から眺めることもできます。この時、各チームに4〜5分ずついて全体をひと通り回るより、各チームに30秒程度しか留まらず全体を数回見て歩く方が良いことにも気づきました。それは時間による変化を見ることができることでした。例えば、A君が最初のころには話していなかったのに後半になればどんどん話しかけていたとか、最初はB君がC君に教えていたのに後半では逆になっていたとか、前半は緊張してか口数が少なかったチームが後半は活発に話すようになったとか‥が見えてきます。教室全体の変化も把握できます。

(4)大きい声は生徒を怖がらせる可能性がある。
 「大きい声で全体に話せば簡単だ」という意見もありますが、私は2つの理由から小さい声の方が生徒に振り返りと気づきを促すのには有効だと捉えていました。もう1つ「大きい声で全体を動かしたい」という先生たちの気持ちにも疑問を感じています。
  理由の1つ目は「大きい声は威圧的になりがち」ということです。それによって生徒たちの安全安心が脅かされると、「振り返りと気づき」が促進されないと感じていました。特に、女性の一部には「男性の大きな声には恐怖を感じる」という人がいます。相談室の経験が長い私はそのことを何度も聞いていました。クラスの中に1人でもそういう生徒がいるのなら、怖がらせることをしてはいけないと考えています。
  2つ目の理由は上記ともつながると思うのですが、人は大きい声を聞くときより、小さな声を聞くときの方が前向きに聴こうとするために、質問に素直に反応し、振り返りと気づきが起きやすいからです。
これには面白いエピソードがあります。何かの本を読んでいたら、有名ホテルの「目覚まし名人」の話が載っていました。ホテルの宿泊客の中には早朝に出かけなくてはならない人もいて、朝、内線電話で起こしてくれるよう依頼する人が多く、その専門職がいるというのです。その名人はどうやって起こすかというと、電話をかけて小さな声で「お客様、お目覚めの時間ですが‥」とささやくのだというのです。この話に興味を持った私は娘を実験台にしてみることにしました。
  当時、中学生だった娘は寝起きが悪く、反抗期でもあったのでしょうが、母親が大声で起こすとますます拗ねて起きてきません。毎朝のように繰り返される親子げんかに私も少々うんざりしていました。これは良い実験相手です(笑)。妻に「俺が起こすよ」と言って、娘の耳元で「〇時だよ、起きないの?」と囁いてみました。何と、一発で「起きる!」と立ち上がりました。これは驚きました。
ひと声で起きない時の反応の方が興味深いものがありました。「〇時だよ、起きないの?」「うーん、今何時?」「〇時だよ」「あ、起きる!」と起きるのです。つまり、声をかけられるのを嫌がって布団に潜り込むのではなく、「何時なの?」と問いかけてくるのです。能動的な反応をすると言っても良いかもしれません。私にとってはこの実験は実に貴重でした。小さな声で話しかけた方が生徒たちは前向きに聴く可能性が高く、それによって、振り返りと気づきが起きやすいと確信しています。
  最後に。気になっているのは「大きい声で全体を動かしたい」という先生たちの欲求です。選択理論ではこれを「力の欲求」と言います。先生は気持ちが良いかもしれませんが、生徒たちは抑えつけられます。「7つの習慣」で言うwin-loseの関係になります。このあたり先生たちが自分自身の深層心理と向かい合うべきかもしれません。

(5)常に各チームに近づくことで「軽いプレッシャー」を与えることができる。
 私の様な授業に対する先生たちの不安としてよく聞くのが「授業規律が乱れる」です。私も授業規律が乱れてしまってはいけないと思っていました。大きく崩れることはありませんでしたが、その面でもグループワークの最中にウロウロと歩き回るのは効果的でした。生徒たちは私が近づくと「軽いプレッシャー」を感じているようでした。ちょっとひと休みしている生徒が計算を始めたり、雑談になっていた話し合いが物理の問題の話題に戻ったりしていました。「叱られる」というほどの強いプレッシャーではないのが良いのだと思います。35分間の間に数回は先生が近づいてくるのですから、生徒たちは全くの自由気ままに遊びに移行してしまうことはありませんでした。

(6)全体に指示をするときは「重要な変更」があるとき。
 そんな私も大きな声で指示をすることがありました。その理由とやり方です。まず、どんな場合かというと「問題や解説に間違いがあった」「指示した方法では確認テストまでに問題が終わらないことが明白になった」という場合です。これに対して「問題や解答の訂正を伝える」、「課題にした問題数を減らすなどして確認テストで満点かとれるように調整する」などか必要になります。この時はチームごとに伝えていったのでは時間がかかりますし、全体を一斉に動かさないと不公平感も出かねません。私にとっては一種の危機介入なので大きな声を出します。
 その時の手順です。私は伝達すべきことは板書します。そのうえでまず全体の話し合いを止めるように指示します。「大事な変更指示があるから、いったん話し合いをやめてください」「隣のグループにも伝えてください」「みんなの話が止まったら、指示は2分で終わります。協力して早く話を止めてください」などの指示をします。大きな声は出しますが「荒々しい声」「とげとげしい声」「怒ったような話し方」にならないように注意します。ふた言三言、指示した後は黙ります。コツは「最初に大きな声で指示をして、黙る」です。よく見かける失敗は、最初は小さな声で指示してだんだんと大きな声で指示を繰り返すことです。先生が一番うるさいと生徒に揶揄されかねない状況になりがちです。普段、大きな声を出さないと「いざ」という時の効果は大きいものです。