授業改善だけではすまない問題

【授業研究】約10年前に自分が担当する高校物理をほぼワンウェイの授業から「いわゆるアクティブラーニング」に変更し、勤務校の授業研究委員会の一員として組織的な改善運動を始めました。この時感じたのは、キャリア教育、道徳教育、生徒指導などの機能を教科科目の授業の中に取り込めるということでした。それほど、毎日の授業と生徒指導・進路指導・クラス経営等は切り離せないものだからです。目の前にいるのは同じ生徒なのですから、当たり前と言えば当たり前なのですが、長い間盲点になっていた気がします。
 ところが最近、逆の問題が起きている気がします。それは「全ての問題を教科科目の授業の授業改善で解決しよう」という動きです。例えば、「中退が多いから授業改善をしよう」「生徒指導上の問題が多いから授業改善をしよう」などの声です。
 もちろん、授業改善が中退防止にも生徒指導上の問題にも「ある程度の効果」があることは間違いありません。しかし、根が深い問題や家庭の問題が背景にある場合、精神疾患や特別指導など専門家が必要なケースも多々あります。
 教師として仕事を全うするために学ばなければならない理論やスキルは急激に増加していると思います。しかし、「上」から示される研修会には大きな偏りがあるような気がします。私の25年間の高校教員としての体験を振り返っても、受けて来た公的研修には変動がありました。思い出すままに書いてみると、生徒指導→中退防止指導→体罰防止指導→教育相談(カウンセリング)研修→キャリア教育研修→特別支援研修→授業改善研修‥‥。重点から離れた分野は極端に減少します。例えば、カウンセリング研修は一時どの県でも多く行われていたのですが、最近はほとんどの県で大幅に縮小してしまっているようです。
 偶々、私は25年間の教員生活の中で上記のような様々種類の研修を受け、一部の分野では指導的な立場も経験させてもらいました。特定の分野では自分の金と時間を投じてかなり深く学びました。並行してビジネス理論も学びました。それらが、授業改善に役立ちました。様々な基礎をもって取り組む授業改善と、最初から授業改善のみに重点を置いて学ぶのとでは、何か大きな食い違いが起きそうな気がしています。
 だからどうすればよいのか‥具体的な解決策を今は持っていません。来年度に新しく始める予定の仕事の中には、それらの解決策が求められているものもあります。考え続けていこうと思います。